【出典】和剤局方
【組成】当帰、芍薬、白朮、茯苓、柴胡、甘草、丹皮、山梔子
【効能】疏肝健脾、和血調経、清熱瀉火。
【主治】肝鬱血虚・化火生熱。
胸脇部が脹って苦しい、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、頭痛、潮熱、顔面の紅潮、口や咽喉部の乾燥感、疲れやすい、女性では、月経不順、月経痛、月経前の乳房脹痛、下腹部の脹痛、無月経など。舌質が紅、舌苔が薄黄、脈が弦細数。
【処方解説】
本方は疏肝解鬱・和血調経・清熱瀉火によって肝鬱血虚の病態を改善すると同時に、血熱を清し心肝の火を抑える処方である。また本方は逍遥散に牡丹皮・山梔子を加えたもので、丹梔逍遥散とも称する。
柴胡は疏肝解鬱の効能があり、鬱滞した肝気を疏通し条達させる。当帰は養血活血に、芍薬は養血斂陰に働き、肝の陰血を補充して疏泄機能を調整する。また川芎・当帰は活血の効能によって血行を促進する。補中益気・健脾利湿の白朮は健脾滲湿の茯苓を配合して脾運(消化・吸収・排泄の機能)を高めて、気血生化の源を強め、間接的に肝を保養する。牡丹皮は清熱涼血・活血化瘀の効能があり、山梔子は清熱瀉火・涼血解毒に働き、両者の配合によって血熱を清し心肝の火(自律神経系の興奮)を抑える。甘草は補気健脾で諸薬を調和する。全体で、肝の陰血を補い、肝気を調節し脾の運化機能を強めると共に、肝鬱化火によって生じた心肝火旺の症候を改善する。
【参考】
現代薬理研究によって、以下の薬理作用を証明している。
(1)マウスの自発運動量に対する影響の検討については、正常状態マウスに対してはWheel-Running Activity(WRA)には本剤は促進的に作用し、Methamphetamine(MAM)の投与によって興奮状態となるWRAの増大に対して作用せず、Pentobarbital(PB)の投与によるWRAの減少に対しては促進的に作用したことがわかり、本剤の精神・神経系に対する作用は動物の機能的状態によって異なるものと考えられる。また本剤はPentobarbital(PB)の投与によるマウスの麻酔時間を延長させ、小量のPentobarbital(PB)の投与でもマウスの麻酔効果を起こせることによって本剤の鎮静作用を示した。臨床では本剤は抑うつ症や不眠症に対しては昼と夜のリズムや睡眠リズムの乱れを改善することを示している。
(2)更年期障害や卵巣摘出術後の患者に本剤を投与して検討し、血管運動神経症状・精神神経症状・知覚運動器官症状・消化器症状に対して極めて高い有効率を認めたと報告されている。また卵巣摘出ラットを更年期モテルとして用い、本剤の投与によって血中黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の量は抑制傾向が見られた。(3)本剤はLHとFSHの量を抑制する傾向が臨床研究や基礎研究から示されていることから、視床下部周辺に作用しhot flashを引き起こす刺激に対する感受性や反応性を正常化させ「ほてり・のぼせ」の症状を改善すると考えられる。またこのような中枢への作用点をもつことから内分泌系への直接作用に加え、視床下部―脳下垂体―性腺軸へ影響を及ぼし、月経異常などの婦人科疾患を治療する薬理学的根拠となると考えられる。
(4)ラットの急性肝障害に対して本剤を投与したことによって、血清GPT・GOTを低下させ、肝細胞の脂肪病変や退行性変性を軽減し、肝細胞の再生を促進した効果を報告されている。またラットの慢性肝障害に対しても本剤を3-8月間投与したところ、コントロールに比べて血清GPT・GOTの値を著しく低下させるとの報告がなされている。
(5)マウスに本剤を投与したところ、マウスの心、脳、腎の血流量を増加することが認められている。
(6)その他に、本剤は鎮痛作用・抗抑うつ作用・自律神経調整作用などもあると報告されている。
(7)本剤が適応する病態については、消化吸収機能の低下(脾虚)と栄養不良状態や内分泌系の失調状態(血虚)が基礎になり、自律神経系の失調(肝気鬱結)や自律神経系の興奮(肝鬱化火)が加えたものであると考えられる。
【臨床応用】
臨床では、本方を投与する場合には肝気鬱結・肝鬱化火の病態を把握しなければならない。胸脇部が脹って苦しい、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、頭痛、潮熱、顔面の紅潮、口や咽喉部の乾燥感、疲れやすいなどは本方を用いるポイントである。
1、自律神経失調症・抑うつ症・ヒステリー・神経症:
本方は精神的緊張や情緒変動による自律神経系の緊張を緩和し、抑うつの気持ちを楽にさせる効能があるため、いらいら、怒りっぽい、興奮しやすい、ゆううつ感、潮熱などの症状を抑えることが期待できる。特に気にしやすい女性(肝気鬱結の病態になりやすいタイプ)に対して、精神不安、のぼせ、いらいら、肩こり、抑うつ、不眠や睡眠リズムの乱れ、腹部膨満感などの不定愁訴を伴う場合には有意な効果が得られる。
2、更年期障害:
本方は閉経や卵巣摘除後に視床下部―下垂体系へのエストロンゲンのネガティブフィードバックが消失するため、下垂体からゴナドトロビン分泌量が急激に増加することが更年期不定愁訴発症の因子の一つとして考えられる。本剤は血中黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の量を抑制し、卵巣機能減退に対して女性ホルモン様な作用を示し卵巣や黄体の機能を改善し、また自律神経系の興奮(肝鬱化火)を鎮めるなどの効能によって更年期不定愁訴を改善する効果が高いことを報告されている。臨床では、発汗、のぼせ、頭痛、頭重感、冷え症、抑うつなどの症状に優れる効果を認め、肩こり、腰痛、疲れやすい、疲労倦怠感、めまい、神経痛、背中の痛みなどにも有意な効果が得られる。
3、月経不順、月経痛、不正性出血、月経前期症候群:
気にしやすい、考えしすぎる、精神的ストレスなどは、肝気の流れを阻害し、肝気鬱結の病態をもたらし、さらに沖任二脈と胞宮(視床下部―脳下垂体―性腺軸・卵巣・子宮)へ影響を及ぼすため月経不順などの病気を引き起こす。そこで肝気鬱結の病態を改善するのは諸月経疾患の治療に対して重要な治療法として考えられる。本剤は肝気鬱結の病態を改善する基本的処方であり、諸月経疾患に胸が苦しい、抑うつ感、いらいら、頭痛、潮熱、のぼせ、肩こり、疲れやすいなどを伴う場合には用いられる。
4、乳腺症、慢性乳腺炎:
気にしやすい、月経前期に乳腺の脹痛、いらいら、抑うつ感、疲れやすいなどの症候を伴う場合には本方を投与する。
5、慢性肝炎:
本方は肝保護作用があり、慢性肝炎の治療にも用いられる。右側季脇部に脹痛があり、気にしやすい、上腹部膨満感、いらいら、怒りっぽい、疲労倦怠感、疲れやすいなどの症状を伴う場合には本方を投与すると諸症状の解消や肝機能の改善などの効果が期待できる。
6、微熱:
慢性疾患に微熱があり、西洋薬でなかなか治りにくい場合には本方を投与するとよい効果があると報告されている。特に肝鬱血虚型、すなわち消化吸収機能の低下・栄養や内分泌系の失調の状態で、自律神経失調を加えたタイプに対して、微熱、疲労倦怠感、疲れやすい、上腹部膨満感、いらいら、精神不安、不眠などの症候を伴う場合には本方を投与することによって優れた効果が得られる。
7、肩こり:
女性が更年期に入ると肩こりがよく見られ、特に精神的ストレスが加わるとひどくなるケースが多い。臨床では、肩こりに、頭痛、不眠、いらいら、のぼせ、疲労倦怠感などの症状を伴う場合には本方を投与するとよい効果が得られる。
8、眼科疾患:
中医学では、肝が目に関連があり、肝気鬱結や肝火上炎などによって目が悪くなることが多いので、多種な眼科疾患を治療する場合には肝のバランスを修正する必要があると考えられる。本方は疏肝解鬱・気血調整の効能があり、多種な眼科疾患に肝鬱血虚・化火の症候が見られる場合には用いられる。
児童視神経萎縮:視力障害の症状に、疲れやすい、抑うつ、気にしやすい、煩燥、いらいら、口苦、口や咽喉部の乾燥感などの症候を伴うタイプに本方を投与すると良好な効果が得られる。治療経験によって本方を四週間投与すると効果がだんだん現れるので最低四週間以上投与したほうがよい。12歳以下の70例患者に本方を投与した結果によって有効率が92・6%であったことを報告している。
皮質性失明:本方は流行性脳炎、化膿性脳膜炎、中毒性赤痢、中毒性肺炎などの急性熱性疾患による小児皮質性失明(48例)を治療したところ、視力障害を改善したのが44例であった成績が報告されている。
また本方は視神経炎、中心性網膜炎、網膜中央静脈梗塞、老年性白内障、化膿性角膜潰瘍などにも効果があると報告されている。
9、皮膚科疾患:
本方は更年期肝斑(しみ)、黒皮症、慢性蕁麻疹、にきびなどの皮膚疾患に、疲れやすい、肩こり、頭痛、不眠、いらいら、潮熱、気にしやすいなどの症状を伴う場合には本方を投与するとよい効果が期待できる。
10、その他:慢性甲状腺炎、過敏性腸症候群、胃十二指腸潰瘍、神経性胃炎、神経性下痢、胆嚢炎、胆石症、月経前後症候群、不妊症、産後不眠症、精神分裂症などの疾患に、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、頭痛、潮熱、顔面の紅潮、口や咽喉部の乾燥感、疲れやすいなどの肝鬱血虚・化火生熱の症候を伴う場合には投与してもよい。
【使用上の注意】
1、妊婦及び妊娠している可能性のある婦人に慎重に投与する。
2、胃腸が虚弱しているものに下痢や腹痛を起こす恐れがあるので慎重に投与すべきである。