第五節、中医大腸肛門疾患の弁証施治
弁証施治とは、中医学特徴のひとつであり、理・法・方・薬の臨床上での具体的な応用であり、即ち、四診(望診・聞診・問診・脈診)から得られた情報をまとめ、中医学の弁証理論によって証を診断し、証に従って治療方法を決め、薬を出して治療する全過程である。証は病気の客観的な反映であり、弁証施治の根拠となり、あるいは人体の臓腑と経絡の間および人体と周囲環境の間に相互的な関係が乱れた場合に現れた総合的な表現であるとも言える。弁証とは疾患を認識する過程であり、施治とは病気を治療する過程であると考えられる。
“証”と“症”は意味が異なり、“症”は患者の客観的あるいは自覚的な各種症状であり、“証”は病気の病因、部位、性質を帰納・概括するものである。また証は整体性があり、人体内部の整体性を強調するだけではなく、人体が環境・気候・社会などのいろいろな素因から影響をうけやすいことも強調している。例えば、肛門疾患は肛門局部の病気ではなく、肺、脾、腎の機能状態に密接な関係があり、肺、脾、腎に病気があれば、あるいは何らかの原因で臓腑間のバランスが崩れると肛門に影響を与えるし、また気候の変化や精神的ストレスなどが原因で肛門疾患に影響を与えることもあると考えられる。
弁証の方法はいろいろのものがあり、例えば、八網弁証、病因弁証、気血弁証、臓腑弁証、六経弁証、衛気営血弁証などが挙げられる。その中に八網弁証は中医学弁証の核心である。証を確定する最も基本的原則である。八網弁証の中では寒熱が疾患の性質を弁別し、虚実が正気と邪気の盛衰を判断し、表裏が病気の部位や病勢の深浅を鑑別し、陰陽が病気の場合に現れる興奮と抑制、亢進と衰退、過剰と不足などの矛盾現象のまとめる総括であると考えられる。
一、肛門大腸疾患の弁証
弁証は治療の前提であり、正しい弁証があれば治療上で優れた効果が得られる。肛門大腸疾患は局部の病変であり、局部の弁証が非常に重要であるが、局部の病変が全身病理的な変化の局部表現であるので整体弁証を無視することもできない。整体弁証と局部弁証を結合すれば病気の病因、病機、性質、部位、転帰を把握することができ、証を正しく判断することができる。ここで局部の弁証を紹介する。
(一)血便の弁証
血便は肛門大腸疾患によく見られる症状のひとつである。血便は遠血と近血に分けて考えられる。出血が先で後に排便し、血の色が鮮紅であるのは近血であり、肛門や直腸の出血によく見られる。便が先に排出し出血が後に出て、血の色が紫暗であるのは遠血であり、直腸より上部の出血に多い。血便の色が鮮紅で濃いのは実熱証に見られ、色が淡紅で稀薄であるのは虚寒証に見られる。血便が暗紅で粘液を伴わないのは虚証に多く、色が暗紅で粘液を伴うのは湿熱証に多い。
(ニ)疼痛の弁証
肛門痛があったりなかったりし、或いは痛みの程度が軽く連続してじくじくし、墜脹感を伴うのは虚証である。肛門痛が持続性で脹っているような痛み(脹痛)、刺すような痛み(刺痛)、ズキズキの痛み(跳痛)、焼けるような痛み(灼痛)などが見られるのは実証である。痛みが軽く連続してじくじくし、抑えると楽になるのは気虚証である。患部皮膚の色が白く、あるいは紫色で、暖かくさせて楽になるのは虚寒証である。肛門部に焼けるような痛みが湿熱下注証によく見られる。患部に脈拍の打つようなズキズキとする痛みは実熱証によく見られる。患部に刺すような痛みが気滞血瘀証に見られる。
(三)脱肛の弁証
脱肛にはいろいろな原因があり、脱肛の様子を観察すると弁証することができる。排便の時に脱肛し、自己の力で自然の戻らないのは中気不足証である。脱出物の色が赤く、触ると痛いのは湿熱証に見られる。脱出物が完納できず腫れて痛み、表面の色が紫暗で触ると硬いのは気滞血瘀証に見られる。
(四)腫脹の弁証
局部に腫れがひどく、熱感・赤い・痛みを伴うのは実証・熱証である。患部に腫れが軽く、皮膚の色が正常あるいは紫暗で痛みが軽いのは虚証・寒証である。腫れ物の色が紫暗で触って硬く感じるのは気滞血瘀証に見られる。
(五)痒みの弁証
肛門部に痒みがあり、肛門周囲の皮膚が赤くて腫れ、灼熱疼痛を伴い、分泌物が少ないのは熱毒壅盛証である。肛門に掻痒がひどく、皮膚の剥落・糜爛を伴い、分泌物が多いのは湿熱下注証である。皮膚の色が灰白で湿潤を伴うのは湿邪侵入証である。肛門周囲の皮膚が乾燥し、色が灰白であるのは血虚証である。
(六)化膿の弁証
化膿の弁証は化膿の有無・深浅・性質・臭い・色沢などを弁別しなければならない。
1、化膿の有無
患部を触って灼熱感があり、痛みがひどくて触るのが嫌い、脈が数脈で、腫れ物が軟らかいのは膿を形成したものである。患部を触って熱感があり、痛くて脈が速くない、腫れ物が硬いのは膿を形成していないものである。
2、膿の深浅
腫れ物が硬く、上部を触って軟らかく陥凹があり皮膚の色が赤くて灼熱感を伴うのは化膿が浅部にあることである。腫れ物が散漫で硬く、抑えると陥凹があり皮膚の色がやや紅で熱感が軽いのは化膿が深部にあることを示している。
3、膿の性質・臭い・色沢
膿の性質
膿液が濃いのは正気が充足していることを示し、膿液が稀薄であるのは正気が不足していることを示す。膿液が稀薄から粘稠へ変るのは正気が回復していることを示唆し、膿液が粘稠から稀薄へ変るのは正気が衰弱して行くことを示唆している。膿液が粘稠で黄色であるのは陽証であり、膿液が稀薄で白いのは陰証である。
膿の臭い
膿液の臭いがやや生臭いのは軽症であり治りやすく、膿液の臭いがひどくて悪臭があるのは重症であり治りにくいと考えられる。
膿の色沢
膿液の色が黄色あるいは白で新鮮であるのは気血が充足していることを示し、膿液の色が黄濁、晦暗であるのは邪気が盛んでいることを示し、膿液の色が緑黒であるのは化膿の時間が長いことを示唆している。
(七)潰瘍の弁証
潰瘍は裂肛と肛門部の膿瘍によく見られる。
1、裂肛
裂口が表浅で、色が鮮紅で、辺縁がきれいものは熱結腸燥証に見られる。潰瘍の裂口は菱形で痔瘻を伴い、時に黄色の液が流れるのは湿熱下注証である。裂口が菱形で色が灰白で辺縁がきれいでないものは虚結腸燥証である。
2、肛門部の膿瘍
陽証膿瘍は創面に膿液が稀薄で、あるいは血水が流れ、創面の色の特徴は紅・腫・熱・痛がだんだん消え、膿の色が黄色あるいは黄白で、創面に腐肉が剥落しやすく、新肉が伸びやすく、創面が次第に小さくなることである。陰証膿瘍の特徴が紫暗で、腐肉が剥落しにくい、新肉が伸びなく、創面がなかなか治らないことである。