十五節 便失禁
便失禁は、肛門の排便コントロール機能を失ったことによって現れる症状である。臨床では完全性便失禁、不完全性便失禁、感覚性便失禁に分けて考えられる。完全性便失禁は正常な便も水様便もコントロールできない状態であり、不完全性便失禁は正常な便はコントロールできるが、水様便やガスはコントロールできない状態であり、感覚性便失禁は肛門括約筋機能は正常であるが、肛門管皮膚の欠損あるいは肛門管受容器の欠損で肛門括約筋の反射に影響し、小量な水様便・粘液便の漏れを引き起こす状態である。 |
一、病因病機 |
中医学では便失禁は、慢性下痢で、気血虚弱、中気不足、気虚下陥の病態をもたらし、あるいは老年体弱、あるいは外傷、あるいは手術後などによって肛門括約筋が弱くなり、便失禁を引き起こすと考えられる。 |
1、中気下陥 慢性下痢が原因で脾胃を傷つけ、中気不足の状態になり、最後に中気下陥の病態をもたらし、脱肛や便失禁を引き起こす。 |
2、脾腎両虚 老年体弱、あるいは病後虚弱、あるいは慢性疲労などが原因で腎虚の病態をもたらし、さらに脾虚、脾腎両虚を起こす。脾が筋肉を主り、腎が前陰と後陰を管理することが考えられ、脾虚があれば筋肉萎縮を起こし、腎虚があれば後陰を管理することができず、肛門収縮が無力となり、便失禁を引き起こす。 |
二、弁証論治 |
本病は本虚が主証となり、主に脾虚と腎虚の病態であり、臨床では中気下陥証と脾腎両虚証がよく見られる。患者を診療する際には脾虚か腎虚か脾腎両虚かをうまく把握し、弁証治療を行う。 |
1、中気下陥型 |
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2、脾腎両虚型 | ||||||||
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三、非手術治療法 |
1、 飲食の調整 刺激性の食べ物や飲み物を避ける。 2、 薬物治療 煎じ薬、漢方エキス剤:症候によって弁証し、処方を選んで用いる。 3、 局部の清潔 便失禁に肛門の腫痛を伴うものには防風15g、黄?15g、竜胆草15g、苦参15g、大黄30g、魚腥草30を煎じて、その薬液で局部を洗い、または坐浴する。 4、 針灸治療 長強、足三里、三陰交、百会、承山、腎兪などのツボを用いる。 |
四、手術治療法 |
手術治療の適応は、便失禁の重症度により決定される。軟便のみを失禁する患者では、特に失禁が頻繁に起こらなければ、漢方薬で充分に対応できる。 漢方薬で対応できない症例では外科的修復術が適応となる。手術法の詳細については外科手術教科書を参考にされたい。 |
五、漢方エキス剤の使い方 |
臨床のポイント症状 | 漢方エキス剤 |
★便失禁に、痩せ、疲労倦怠感、疲れやすい、内臓下垂、食欲不振、あるいは下痢、脱肛などを伴う場合。 | (41)補中益気湯 |
★便失禁に、腰や下肢の脱力感、耳鳴り、寒がり、四肢の冷え、腹部膨満感、食欲不振などの症状を伴う場合。 | (65+7)帰脾湯合八味地黄丸 |
★便失禁に、腰や下肢の脱力感、手足のほてりやのぼせ、寝汗、食欲不振などの症状を伴う場合。 | (65+77)帰脾湯合六味地黄丸 |
★便失禁に、全身疲労倦怠感、疲れやすい、食欲不振、貧血や貧血気味、精神不安などを伴う場合。 | (108)人参養栄湯 |
★便失禁に、顔色の蒼白、貧血、疲れやすい、痩せなどを伴う場合。 | (48)十全大補湯 |