中医学を勉強し始めてから12年が経ちました。
趙先生というハルピン医大の神経内科の医師で名誉教授であり、中医学の指導者でもある先生から中医学の指導を受けたことがどんなに幸運だったか計り知れない思いです。
趙先生は西洋医学の医師であり、その上中医学の医師でもあるというまことに現代の中国においてもまれな医師です。
趙先生の中医学は先生の祖父で高名な老中医師趙鴻程から幼少時より直伝にて伝えられたものと聞いています。このように2つの医学をおさめられた趙先生は、我々現代医学の医師の中医学を学ぶ上での弱点をよく存じておられました。
平成7年、私どもの熊本中医学勉強会の会長が体調を崩され、私にその件が命ぜられました。この時、趙先生と相談の上、症候中心の方剤の解説が主だった熊本中医学勉強会を中医学の基礎から学ぶ方向へ大きく方針を転換させました。当初は、あまりに基礎的な勉強では会員の参加が減少するのではという危惧もありましたが、開始してみると皆さんまさにこの基礎を待ち望んでいたのではないかと思える程、熱心に参加する方々が少しずつ増えてまいりました。
1年目の夏休みには、当初の部分の基本講義を受けていない方で4年計画の基礎勉強会に参加したいとの御希望の方が5人増えたため、夏休み中の夜間を利用して、この方々に集中講義を受けていただき、秋から全員で講義が又始まりました。
基礎勉強の4年は、瞬く間に過ぎましたが、この頃からお互いに用語の理論が一致するようになり、演習問題の解答も皆の楽しみの一つになって行きました。私自身も大腸肛門の病気の患者さんの訴えを色々な方向、色々な背景、その方の持っておられる体質と季節による影響等を考えながらお聞きすることに少しずつ慣れてきました。
患者さんの訴えの背景や体質の変化に目が行くことに慣れるにしたがって、西洋医学のみではどうしても対応の難しい症例があり、中医学の併用によって霧が晴れていくというような場面に遭遇することが多くなってきました。
特に我々肛門科で扱う肛門部の線維筋痛の治療は、すぐに痛みはとれるが薬を中止すると又、再発するという繰り返しが多かったのですが、患者さんの脈の状態に合わせていくつかの方剤を使い分けて併用しますと、痛みの再発率が半分以下に減少することに気づきました。この考え方を過敏性腸症候群や再発しやすい裂肛に応用してみますとやはり、治療の有効性が少しずつ向上していくのが現場の実感として感じられるようになりました。
このような日常の中で特に中医学の知識がなくても大腸肛門病の日常診療の補助として役立つ大腸肛門病の中医学の実用専門書を作ってみたいという思いを趙先生に相談した所からこの本の計画が始まりました。3年前でした。
現在の中国でも大腸肛門病治療の主役は外科医によるもので、本の内容も日米で手に入るものとほとんど変わらないのが実情です。
基本的に肛門疾患は外科的技術が治療の主役であることは当然ですが、外科的治療のあとに残る愁訴のようなものへの対応は長年の経験のある中医学の得意な分野の一つです。
この本は西洋医学の技術をまったく取り入れず中医学のみによる病気の原因の究明、食事療法、マッサージ、針、予防、中医学的保健衛生の考え方について述べています。
巻末には日本で手に入る方剤について、特に大腸肛門の分野で多用される30種について詳しく説明しました。特に下剤に使える14種を合わせて紹介しています。下剤を使うと腹痛が起こり、使わないと出ないといったような例への対応には参考にしていただけると思っています。

藤好クリニック院長 藤好建史