一、概説
便秘は患者の排便困難及び排便回数の減少を指す。臨床的には硬便、排出困難があり、硬い便が腸の粘膜を損傷すると便の表面には少量の血液や粘液が付着し、排便時に肛門が痛く、重症の患者では脱肛などの症状が見られる。便秘の症状が長く続くと、食欲不振、腹部膨満、疲労、脱力などの症状も現われる。
中医学では便秘のみを治療するだけではなく、患者の体質改善、胃腸機能の調整、便秘の原因の排除などから治療することが多い。臨床的には患者の体質状態、臨床症状、胃腸機能の状態の違いによって熱結便秘、気滞便秘、血虚・陰虚便秘、気虚便秘、陽虚便秘、血?便秘などのタイプに分けて治療する。
二、病因病機
便秘はいろいろな原因に関わっている。
1、 胃腸燥熱
辛いものの取りすぎ、油濃いものの食べすぎ、お酒の飲みすぎ、温熱薬の長期間投与、あるいは肺熱が大腸に下降する、あるいは熱邪が体に侵入するなどは胃腸に燥熱を集結するため、津液を損傷し、津液の不足の原因で便秘を引き起こす。
2、 脾気虚弱
慢性病気、飲食の不摂生による消化機能の低下、老人の虚弱などが原因で脾胃虚弱の病態をもたらす。気虚は大腸の伝導機能が弱くなり、排便も無力になり、便秘を起こす。
3、気機阻滞
気にしやすい、抑うつ、精神的なストレス、運動不足などが原因で胃腸の運化機能が乱れ、伝導機能失調を起こし、便秘になる。
4、陰虚腸燥
疲労(精神的、肉体的、性的疲労)、汗の出すぎ、熱性疾患の回復期などは陰液を消耗され、津欠陰虚(大腸の津液不足)の病態をもたらし、便秘を引き起こす。
5、 脾腎陽虚
平素陽虚(生理機能の低下)、冷たいものの取りすぎ、老人、苦寒薬の長期間投与などは脾腎の陽気を損傷し、脾腎陽虚の病態を起こす。脾腎は陽虚となれば、胃腸の機能が低下し、内寒を生じる。陰寒が大腸に停滞するため、冷えや便秘などの症状が見られる。
三、弁証論治
便秘は単純な症状であるが、原因が複雑である。弁証する場合にはまず寒・熱・虚・実を弁別することが重要なポイントである。
(一)熱結便秘
症候 | 発熱、便秘、排便困難、口渇、口臭、いらいら、腹部膨満、あるいは悪心、嘔吐など。舌質は紅、舌苔は黄色、乾燥、脈は実数あるいは滑数。 |
治法 | 清熱瀉下、通便 |
方剤 | 調胃承気湯《傷寒論》加減 大黄2g(後入) 芒硝2g 甘草4g 厚朴4g 山楂4g 神曲3g |
加減 | 腹部膨満がひどい場合には枳殻4gを加える。 悪心、嘔吐を伴う場合には竹茹3g、半夏4gを加える。 |
漢方エキス剤 | (74)調胃承気湯あるいは(84)大黄甘草湯を用いる。便秘がひどい場合には(133)大承気湯を投与する。 |
(二)気滞便秘
症候 | 便秘がストレスや気持ちに左右される、腹部の膨満感や痞え感、腹痛、はきけ、排便困難、ガスがよくでるなど。舌苔は薄黄で、脈は弦。 |
治則 | 順気行滞、通便 |
方薬 | 六磨飲子《重訂通俗傷寒論》加減 沈香3g 檳榔子3g 枳実3g 木香3g 烏薬3g 大黄2g |
加減 | 便通がよくなったら、大黄、檳榔子を除いて、柴胡4g、当帰4g、蘿葡子4gを加える。 |
漢方エキス剤 | 漢方エキス剤に以上の処方がないため、その代わりに(16+84)半夏厚朴湯合大黄甘草湯を用いる。 |
(三)血虚・陰虚便秘
症候 | 便秘、便塊が硬い、貧血あるいは貧血気味、あるいは手足のほてり、のぼせ、あるいは微熱、口唇や咽喉部の乾燥感、立ち眩み、心悸、多夢など。舌質は紅、舌苔は少ないあるいは無苔、脈は細弱あるいは細数。 |
治法 | 補血滋陰、潤腸通便 |
方剤 | 増液湯《温病条弁》合四物湯《和剤局方》加減 地黄6g 当帰4g 女貞子4g 玄参4g 麻子仁3g 麦門冬4g 白芍4g 阿膠3g 何首烏3g 蜂蜜10g |
加減 | 腹部膨満を伴う場合には厚朴4gを加える。 口渇、煩悶を伴う場合には知母4g、玉竹4gを加える。 血便を伴う場合には黄?3g、槐角3g、地愉炭4gを加える。 |
漢方エキス剤 | 漢方エキス剤に以上の処方がないため、その代わりに(51)潤腸湯を用いる。ガスが多く、腹部膨満感を伴う場合には(126)麻子仁丸を用いる。 |
(四)気虚便秘
症候 | 顔色が悪い、元気がない、便意はあるが排便の力がない、或は排便後に汗が出て疲労脱力感が激しい、全身倦怠、脱力、食欲不振、脱肛など。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は虚弱。 |
治法 | 補気健脾、潤腸通便 |
方剤 | 補中益気湯《脾胃論》加減 黄耆6g 人参3g 白朮3g 甘草2g 陳皮3g 当帰4g 升麻2g 柴胡3g 枳殻3g 麻子仁5g 白蜂蜜15g |
漢方エキス剤 | (41)補中益気湯を用いる。 |
(五)陽虚便秘
症候 | 顔色が青黒、寒がり、四肢や腹部の冷え、暖かい物が欲しい、全身倦怠感、脱力感、食欲不振、便秘、排便困難など。舌質は淡、舌苔は白潤、脈は沈遅。 |
治法 | 温補腎陽、袪寒通便 |
方剤 | 理中湯《傷寒論》加味 人参5g 乾姜4g 甘草3g 肉從蓉4g 白朮5g 麻子仁4g 白蜂蜜10g |
加減 | 冷え症がひどい場合には桂皮3g、附子2gを加える。 |
漢方エキス剤 | (32+84)人参湯合大黄甘草湯を用いる。四肢や腹部の冷えがひどい場合には附子理中湯合大黄甘草湯を投与する。 |
(六)血瘀便秘
症候 | 便秘、下腹部の抵抗や圧痛、女性の生理不順・生理痛あるいは子宮筋腫や卵巣腫瘍、腹部膨満感など。舌質はやや紫暗、あるいは瘀点や瘀斑、舌苔は薄白、脈は沈弦あるいは渋。 |
治則 | 活血化瘀、理気通便 |
方薬 | 桃核承気湯《傷寒論》加味 桃仁5g 桂皮4g 枳実3g 大黄3g 芒硝1g 甘草2g |
加減 | 冷え症がある場合には附子2gを加える。 生理不順や生理痛を伴う場合には赤芍4g、香附子4g、丹皮3gを加える。 |
漢方エキス剤 | (61)桃核承気湯を用いる。発熱、熱感、腹部の炎症を伴う場合には(33)大黄牡丹皮湯を投与する。 |
五、ポイント症候によるエキス剤の使い方
臨 床 症 状 | 漢方エキス剤 |
★発熱、便秘、排便困難、口渇、口臭、いらいら、腹部膨満、あるいは悪心、嘔吐などの場合。 | (74)調胃承気湯 |
★便秘、腹部膨満、あるいは悪心、嘔吐がある場合。 (84)大黄甘草湯 | (84)大黄甘草湯 |
★発熱、便秘、口渇、いらいら、腹部膨満がひどい場合。 | (133)大承気湯 |
★便秘がストレスや気持ちに左右される、腹部の膨満感や痞え感、ガスがよくでるなど場合。 | (16+84)半夏厚朴湯合大黄甘草湯 |
★便秘、貧血あるいは貧血気味、老人便秘などの場合。 | (51)潤腸湯 |
★体力の低下した人で、兎糞様の便、下腹部の膨満感などの場合。 | (126)麻子仁丸 |
★排便の力がない、或は排便後は汗が出て、疲労脱力感、脱肛など場合。 | (41)補中益気湯 |
★便秘、下腹部の抵抗や圧痛、女性の生理不順・生理痛あるいは子宮筋腫や卵巣腫瘍などの場合。 | (61)桃核承気湯 |
★体力の充実した人で、高血圧傾向、便秘、肥満などが見られる場合。 | (62)防風通聖散 |
★体力の充実した人で、便秘、季肋部の苦満感、脂肪肝を伴う場合。 | (8)大柴胡湯 |
★体力の充実した人で、いらいら、精神興奮・不安、顔面紅潮を伴う場合。 | (113)三黄瀉心湯 |
★体力の充実した人で、便秘、高血圧、生理痛、頭痛等を伴う場合。 | (105)通導散 |