肛門直腸神経症は、各系統の検査や実験室検査により肛門直腸に器質性疾患がないが、局部の感覚異常(疼痛、腫脹感、異物感、熱感、蠕動感、特別な臭い、しびれ感など)を訴え、精神症状(精神不安、焦慮、いらいら、怒り易い、不眠、多夢など)を伴う肛門直腸の不定愁訴である。

一、病因病機

中医学は本病の発生では気にしやすい、考えすぎ、抑うつ、精神的ストレスなどによって、肝気鬱結の病態をもたらし、臓腑の機能を乱し、さまざまな不定愁訴を引き起こすことと考えられる。

1、 肝気鬱結
突然な不幸、気にしすぎや考えすぎ、抑うつ、精神的ストレスなどによって、肝失条達、肝気鬱結の病態をもたらし、精神不安、心神不寧で肛門や陰部の不定愁訴が現れる。

2、 憂鬱傷神
憂鬱が長く、心気を消耗し、営血を傷つけ、心神を滋養することができず、精神不安、心神不寧の病態をもたらし、肛門や陰部の不定愁訴を引き起こす。

3、 心脾両虚
長く考えすぎ、憂慮しすぎると心に疲労させ、脾胃に傷をつけ、心脾両虚の病態をもたらし、本証を引き起こす。

4、 心腎陽虚
平素陽虚の体質、あるいは心脾両虚によって腎に影響し、腎陽の温煦作用が弱くなり、心陽虚や腎陽虚の病態をもたらし、本証を引き起こす。

5、 陰虚火旺
平素陰虚の体質、あるいは臓腑の陰不足、あるいは営血の消耗で心神が滋養を失う。陰虚より虚熱を生じ、虚熱が心神を邪魔し、煩燥不安や肛門・陰部の不定愁訴を引き起こす。

二、弁証論治

本証は肛門や直腸局部の感覚異常に、精神不安、不眠、多夢、怒り易い、胸脇苦満、食欲不振などの症候を伴うことが多い。弁証は虚であるか実であるか虚実挟雑であるかを弁別することである。臨床では初期に実証がよく見られ、気滞、気鬱の病態が多い。慢性になると虚証が多くなり、心気や営血の不足による心神不安、臓腑の陰陽失調による症状がよく見られる。

1、 肝気鬱結型

症候 肛門の墜脹感、排便がすっきりしない、しばしば抑うつ、気にしやすい、疑いやすい、憂慮、胸脇苦満、腹部膨満感、吐き気、食べたくない、口苦などを伴う。舌質が淡、舌苔が薄白、脈は弦。
治法 疏肝理気、解鬱
方剤 柴胡疏肝散「景岳全書」加減
柴胡6g 枳殻4g 芍薬6g 香附子4g 川・4g 甘草3g 
加減 腹部膨満感、吐き気の症状が激しい場合には鬱金5g、青皮4gを加える。
胸脇苦満、脹痛が見られる場合には当帰4g、丹参5g、桃仁4gを加える。
消化不良、腹部脹満などを伴う場合には山査子4g、鶏内金4g、神曲4gを加える。
漢方エキス剤 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(24)加味逍遙散や(35)四逆散を用いる。

2、 憂鬱傷神型

症候 肛門内の異物感、排便がすっきりしない、しばしば精神不安、不眠、多夢、悲しくなったり泣いたりするなどを伴う。舌質が淡、舌苔が薄白、脈は弦細。
治法 養心安神
方剤 甘麦大棗湯「金匱要略」加減
甘草6g 淮小麦10g 大棗5g 酸棗仁5g 柏子仁5g 茯神5g 
加減 気滞の症状を伴う場合には香附子5g、鬱金4gを加える。
便秘を伴う場合には麻子仁5g、胡桃肉4gを加える。
漢方エキス剤 (72)甘麦大棗湯を用いる。不眠・多夢を伴う場合には(72+103)甘麦大棗湯合酸棗仁湯を用いる。

3、心脾両虚型

症候 肛門の汚れを感じそうなので洗っても取れない、あるいは痒みや蟻走感、しばしば考えすぎ、憂慮しすぎ、不眠、動悸、物忘れ、疲れやすい、食欲不振等を伴う。舌質が紅、脈は細弱。
治法 健脾養心、益気補血
方剤 帰脾湯「済生方」加減
人参5g 黄耆9g 白朮6g 茯神6g 当帰5g 酸棗仁6g 竜眼肉6g 木香2g 遠志4g 甘草2g、生姜3g 大棗4g 
加減 便秘を伴う場合には麻子仁5g、柏子仁4gを加える。
漢方エキス剤 (65)帰脾湯を用いる。精神不安やイライラを伴う場合には(137)加味帰脾湯を投与する。

4、心腎陽虚型

症候 肛門や直腸に冷感を感じ、あるいは局部の冷え、あるいは冷風感、しばしば寒がり、四肢の冷え、腰や下肢の脱力感、動悸、疲れやすい、耳鳴り等を伴う。舌質が淡、舌苔が白、脈は沈細。
治法 温補心腎
方剤 右帰飲「景岳全書」加減
熟地黄8g 山茱萸5g 枸杞子5g 山薬5g 杜仲5g 附子2g 桂皮2g 甘草3g 
加減 下利や軟便などを伴う場合には地黄を除き、党参5g、白朮4g、よく苡仁5gを加える。
陽萎を伴う場合には仙霊脾5g、仙茅4g、菟絲子4gを加える。
漢方エキス剤 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(7)八味地黄丸を用いる。胃腸が弱い場合には(7+32)八味地黄丸合人参湯を用いる。

5、陰虚火旺型

症候 肛門賦の不快感、あるいは灼熱感や疼痛など、しばしば煩燥、いらいら、めまい、動悸、不眠、腰や下肢の脱力感等を伴う。舌質が紅、舌苔が少ない、脈は弦細数。
治法 滋陰清熱、鎮心安神
方剤 滋水清肝飲「医宗己任篇」加減
生地黄8g 山茱萸5g 茯苓5g 当帰5g 山薬5g 丹皮5g 沢瀉5g 芍薬5g 柴胡4g 山梔子4g 酸棗仁5g
加減 便秘を伴う場合には麻子仁5g、柏子仁4gを加える。
漢方エキス剤 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(87)六味地黄丸を用いる。

三、針灸療法

患者の臨床症状によって以下のツボを選んで用いる。

1、 体針
神門、三陰交、内関、陰陵泉、期門、長強、上巨虚、腰兪など。

2、 耳針
皮質下、神門、肛点、神経衰弱刺激点など。

四、心理療法

1、精神支持療法
医者は患者に対して優しく、まじめに患者の主訴を聴き、患者の痛苦や気持ちをよく理解してあげ、病状の説明・誘導を行うことによって患者が病気を治す自信を強める。この方法で患者の疑いを消去し、自分の病気に対して正しく理解・認識してもらえば、神経機能が正常に戻る。

2、暗示療法
医者は患者に催眠術を用いて言葉の誘導・暗示を行い、患者のストレスを解消し、病気の心配を解決する。

五、漢方エキス剤の使い方

臨床のポイント症状 漢方エキス剤
★肛門の墜脹感、排便がすっきりしない、しばしば抑うつ、気にしやすい、憂慮、腹部膨満感などを伴う場合。 (24)加味逍遙散
★肛門内の異物感、排便がすっきりしない、しばしば心神不安、不眠、多夢、悲しくなったり泣いたりするなどを伴う場合。 (72)甘麦大棗湯
★肛門の汚れを感じそうなので洗っても取れない、あるいは黌痒感や蟻行感、しばしば考えすぎ、疲れやすい、食欲不振等を伴う場合。 (65)帰脾湯
★上記の症候に精神不安、いらいらなどが見られる場合。 (137)加味帰脾湯
★肛門や直腸に冷感を感じ、あるいは局部の冷え、あるいは冷風感、四肢の冷え、腰や下肢の脱力感等。 (7)八味地黄丸
★八味地黄丸の症候で、胃腸が弱い場合。 (7+32)八味地黄丸合人参湯
★肛門賦の不快感、あるいは灼熱感や疼痛など、しばしば煩燥、いらいら、ほてり・のぼせ等を伴う場合。 (87)六味地黄丸
★肛門賦の不快感、異物感、便秘を伴う場合。 (3)乙字湯