過敏性大腸症候群とは、腸管の緊張や運動、分泌などの機能異常であって、器質的な変化ではなく、腹痛や便通異常などを伴うものである。臨床では腹痛、腹鳴、便秘と下痢の交代、悪心、嘔吐、腹部膨満感、食欲不振などの消化器症状が見られる。

一、病因病機

過敏性大腸症候群は中医学では、“腹痛、“便秘”、“泄瀉”、“嘔吐”、“鬱証”などの範疇に属する。本病の発生は情志失調(精神的ストレス)、飲食の不摂生、寒湿邪の侵入などに関係があると考えられる。

1、 肝鬱気滞
気にしやすい、考え過ぎ、怒り、抑鬱などが原因で、肝鬱気滞・気機不暢・昇降失司の病態をきたし、腹痛、腹部膨満などの症状が現われる。

2、 肝脾不和
怒り、抑鬱などが原因で、肝鬱気滞をもたらし、肝気が疏泄できず、脾胃に影響し、腹痛や下痢、あるいは便秘などが起こる。

3、 脾胃虚弱
飲食不攝生、暴飲暴食などが脾胃を傷をつけ、脾胃が虚弱すると水穀精微(栄養成分)の吸収が障害され、顔色が悪く、倦怠無力感、元気がない、下痢などの証候が現われる。

4、 脾腎陽虚
平素陽虚、あるいは慢性病などで脾気虚・脾陽不振を起こし、その病態は長引くと更に腎に影響し、最後は脾腎両虚の病態に陥り、腹痛や下痢などが治りにくくなる。

二、弁証論治

弁証はこの病気の病態に虚実挟雑・本虚標実がよく見られ、治療の場合には虚実を弁別し、標本症状の軽重を判断して治療する。

(一)気滞腹痛型

精神的ストレス(情感の失調や過激など)や飲食の不摂生などが原因で、気の流れを阻害するため腹痛、便秘、腹部膨満などの証候が現われる。現代医学では胃腸自律神経の過度緊張や異常興奮による証候と考えられる。

主証 腹痛、腹部膨満、便秘、便が硬い、残便感がある、浯気、時に便秘と下痢の交代。舌質は淡紅、あるいはやや紫色、舌苔は薄黄、脈は弦。
治則 順気行滞
方薬 六磨湯《証治準縄》加味
沈香4g 木香6g 檳榔子4g 烏薬3g 枳実3g 大黄3g 当帰5g 生地黄6g 
加減 腹部の膨満感がひどい場合には五霊脂4g 蒲黄5gを加える。
悪心、嘔吐を伴う場合には半夏4g 茯苓5g 生姜5gを加える。
エキス剤 上記の処方はエキス剤がないので、類似処方として四逆散合半夏厚朴湯を用いる。便秘がひどい場合には大承気湯を投与する。

(二)肝鬱脾虚型

悩み、考え過ぎ、怒り、抑鬱などが原因で、肝気鬱結の病態を起し、さらに脾胃に影響して腹痛、腹部膨満感、下痢などの証候を惹起する。

主証 腹痛、腹部膨満感、水様便、浯気、悪心、情感の変化により軽減したり増悪したりする、食欲不振など。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は弦細。
治則 疏肝理気、健脾止瀉
方薬 痛瀉要方《景岳全書》合平胃散《和剤局方》加減
白朮6g 白芍5g 陳皮4g 防風4g 蒼朮5g 厚朴3g 甘草2g 生姜5g 
加減 腹痛、腹部膨満を伴う場合には香附子4g 大腹皮5g 延胡索5gを加える。
下痢がひどい場合には炒扁豆5g 炒山薬4g 茯苓5gを加える。
エキス剤 上記の処方はエキス剤がないので、類似処方として加味逍遥散あるいは四逆散合平胃散を用いる。

(三)寒湿阻滞型

寒湿邪が脾胃に侵入する、あるいは脾胃が虚弱で水湿を運搬する機能が低下し、寒湿が胃腸に停滞するため下痢、腹痛、寒がりなどの証候が現われる。

主証 腹痛、下痢、白い粘液便、頭重感、体がだるい、食欲不振、しばしば四肢の冷え、寒がり、腹部や腰部の冷感などを伴う。舌質は淡、舌苔は白膩、脈は濡緩、あるいは沈細。
治則 温化寒湿、調気散寒
方薬 胃苓湯《万病回春》加減
蒼朮5g 厚朴5g 陳皮4g 甘草3g 炮姜4g 大棗5g 桂枝2g 白朮4g 沢瀉5g 茯苓4g 猪苓3g 木香4g
加減 腹部や腰部に冷痛がある場合には炮附子3gを加え、気虚の証候を伴う場合には人参4g・黄耆9gを加える。
エキス剤 胃苓湯を用いる。腹部や腰部に冷痛がある場合には附子末を加える。全身倦怠感や四肢の冷感があり、下痢や腹痛を訴える場合には真武湯合五苓散を投与する。

(四)脾胃虚弱型

脾気が不足したもので、消化吸収能力の低下と共に全身的な気虚の証候を伴う。ちょっと食べ過ぎたり、冷たいものを飲んだりすると腹痛や下痢などの証候が現われる。

主証 飲食の不摂生、あるいは油っこいものや冷たいものの過食による下痢や腹痛、便秘と下痢の交代、あるいは排便の最初は有形便であるが後の方は下痢便、食欲不振、食後の腹部膨満感。舌質は淡、辺縁に歯痕がある、舌苔は薄白、脈は沈細無力。
治則 益気健脾、化湿和中
方薬 参苓白朮散《和剤局方》加減
党参5g 白朮4g 茯苓6g 陳皮4g 訶子肉5g ?苡仁5g 砂仁3g 桔梗3g 白扁豆6g 甘草2g 山薬10g 枳殻4g 木香4g 沢瀉5g
加減 虚寒の証候を伴う場合には桂皮3g 附子2gを加える。
エキス剤 上記の処方はエキス剤がないので、類似処方として啓脾湯や六君子湯を用いる。全身倦怠感がひどい場合には補中益気湯を投与する。腹部の冷え、腹痛などの証候を伴う場合には黄耆建中湯あるいは人参湯を用いる。

(五)脾腎陽虚型

脾の陽気が不足したもので胃腸の消化吸収機能低下を起こすだけでなく、腎陽にも影響し腎陽虚の証候も現われる。

主証 腹部や腰部の冷痛、下痢、特に夜明けに腹鳴し下痢する(五更瀉)、冷たいものを食べると直ぐ下痢をする、腹部を温めると腹痛が軽くなる、全身の倦怠感、疲れやすい、寒がり、四肢の冷感、食欲不振、腰や下肢の脱力感。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は沈遲弱。
治則 温腎健脾、止瀉
方薬 附子理中湯《和剤局方》合四神丸《証治準縄》加減
炮附子3g 党参5g 白朮6g 乾姜5g 炙甘草3g 補骨脂6g 呉茱萸4g 肉豆寇6g 五味子4g
加減 腹痛を伴う場合には白芍6g 桂皮3gを加える。腰痛を伴う場合には杜仲5g・続断4gを加える。
エキス剤 上記の合方はエキス剤がないので、類似処方として附子理中湯あるいは人参湯加附子末、あるいは真武湯合人参湯を用いる。

三、経験秘方

(一)宋燿群経験方

方薬  補中益気湯加減
黄耆9g 党参9g 炒白朮6g 白芍6g 陳皮4g 升麻3g 炙甘草3g 
加減 肝鬱脾虚型には柴胡5g 防風4g 木香4gを加える。
脾胃虚弱型には扁豆5g ?苡仁6g 山薬5gを加える。
腹痛がひどい場合には白芍・陳皮を増量する。
便秘がひどい場合には白芍 白朮を増量し、火麻仁5gを加える。
効能 益気健脾、理気止痛
主治 過敏性大腸症候群
出典 《実用中医薬雑誌》、(2):12、1995。

(二)著者経験方

方薬  痛瀉要方加味
黄耆9g 白芍6g 白朮5g 陳皮4g 防風4g 升麻2g
加減 気虚の証候を伴う場合には党参6g 炙甘草4gを加える。
食欲不振を伴う場合には麦芽5g 砂仁4g 鶏内金4gを加える。
腹部膨満を伴う場合には厚朴5g 枳殻5gを加える。
肝鬱の証候を伴う場合には柴胡5g 鬱金4gを加える。
下痢を伴う場合には蒼朮5g 茯苓6gを加える。
効能 益気健脾、升陽止瀉
主治 過敏性大腸症候群

四、針灸治療

ツボ
足三里、関元、天枢、三陰交、胃兪、大腸兪、気海、中・。
毎日に一回、毎回に3~5箇所を用い、1クールは15回でその後一週間を休む。

五、ポイント症候によるエキス剤の使い方

臨  床  症  状 漢方エキス剤
★緊張や精神的なストレスによる腹痛や下痢、季肋部やみぞおちが脹って重苦しい、腹部膨満、悪心、吐き気などが見られる場合。 (35+79)四逆散合平胃散
★腹痛、下痢、白い粘液便に、頭重感、体がだるい、食欲不振などを伴う場合。 (115)胃苓湯
★気にしやすい、いらいら、腹部膨満感が見られる場合。 (24)加味逍遥散
★全身の疲労倦怠感、食欲不振、食後の腹部膨満感などを伴う場合。 (43)六君子湯
(41)補中益気湯
★緊張すると腹痛が起こり、疲労倦怠感、腹部の冷えを伴う場合。 (98)黄耆建中湯
(99)小建中湯
★腹部の冷え、冷たいものを食べたり飲んだりするとすぐ腹痛を起こす場合。 (32)人参湯
附子理中湯
★腹部や腰部の冷痛、下痢、特に夜明けに腹鳴し下痢する(五更瀉)場合。 (30+32)真武湯合人参湯
★四肢や腹部の冷え、腹痛、腹部膨満感を伴う場合 (100)大建中湯
★腹痛、腹部の脹満、下痢と便秘の繰り返しがある場合 (60)桂枝加芍薬湯