肛門周囲膿瘍は、肛門や直腸の周囲組織に急性・慢性感染を起こし、膿瘍を形成することである。臨床では20~40才の人によく見られ、男性が女性より多い。特徴は急性発症、激しい疼痛、肛門部の腫脹、発熱などである。中医学は火・熱・毒が原因で局部の気血運行を阻害し、熱毒・瘀血が盛んで膿瘍を形成すると考えられる。
一、病因病機
肛門周囲膿瘍は主に火熱毒が肛門周囲に停滞し局部の気血運行を阻害し、膿瘍を形成することである。本病の発生には肛門局部の病変だけではなく、各臓腑の虚損、気血の盛衰、陰陽バランスの状態などに関係があり、湿・熱・毒邪は体が虚弱しているうちに侵入し感染や膿瘍を引き起こす。
1、火毒蘊結
油濃いもの・刺激物(辛いもの)・お酒などの取りすぎが原因で体内に湿熱を生じ、その湿熱が肛門に停滞すると気滞血瘀、火毒積滞の病態をもたらし膿瘍を引き起こす。
2、熱毒積盛
湿熱・火毒の邪気は肛門周囲に停滞するため局部の気血の流れが悪化し、熱毒が盛んとなり膿瘍を引き起こす。
3、陰虚毒恋
平素、臓腑が虚損している者、あるいは慢性疾患による正気虚弱である人は外邪を受けやすく、それになかなか治りにくく、長引くと熱を生じ、熱毒が肛門周囲に停滞すると膿瘍を引き起こす。
二、弁証論治
本病の弁証は患者の体質状態、発病原因、臨床症状などによって陰陽・表裏・寒熱・虚実を弁別する。早期には局部症状が主として見られ、標実証が多く、中期には局部の化膿や全身症状が見られ、実証や虚証の両方があることが多く、晩期には体虚の症状が見られ気血の盛衰を把握する必要である。
1、火毒蘊結型
症候 | 肛門周囲に突然に腫れ、発赤、痛み、腫れた局部を触ると硬くて熱感があり、それに悪寒、発熱、便秘を伴う。舌質が紅、舌苔が薄黄、脈は数。 |
治法 | 清熱解毒、消腫散結、活血止痛 |
方剤 | 内疏黄連湯「外科正宗」加減 黄連5g 黄芩3g 連翹5g 山梔子5g 桔梗3g 木香3g 檳榔3g 赤芍5g 白芍5g 当帰5g 大黄3g 甘草3g |
加減 | 痛みが激しい場合には延胡索5gを加える。 便秘がある場合には火麻仁5gを加える。 |
漢方エキス剤 | 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(15)黄連解毒湯を用いる。便秘の場合には(84)大黄甘草湯を合方する。 |
2、熱毒積盛型
症候 | 肛門に腫脹・疼痛が激しい、夜に痛くて眠れない、悪寒、発熱、口や咽喉部の乾燥感、便秘、小便困難等を伴う。肛門部の圧痛、波動感、化膿。舌質が紅、舌苔が黄、脈は弦滑。 |
治法 | 清熱解毒、活血化瘀、止痛 |
方剤 | 仙方活命飲「医宗金鑑」加減 穿山甲5g 皀角刺5g 当帰6g 金銀花10g 赤芍6g 乳香5g 没薬5g 栝楼根6g 陳皮3g 防風3g 白芷3g 甘草3g |
漢方エキス剤 | 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(15+33)黄連解毒湯合大黄牡丹皮湯を投与する。 |
3、陰虚毒恋型
症候 | 肛門の腫痛、熱感、膿瘍腔がなかなか癒合しない、しばしば午後の潮熱、煩悶、口や咽喉部の乾燥感、寝汗等を伴う。舌質が紅、舌苔が少ない、脈は細数。 |
治法 | 滋陰清熱、除湿軟堅 |
方剤 | 滋陰除湿湯「外科正宗」加減 当帰6g 白芍薬6g 川芎5g 熟地黄6g 柴胡3g 黄芩5g 陳皮4g 貝母5g 地骨皮5g 沢瀉5g 甘草3g |
加減 | 疲労倦怠感などの気虚症状を伴う人には黄耆10gを加える。 便秘には麻仁6g、大黄3gを加える。 |
漢方エキス剤 | 漢方エキス剤には適当な処方がないがそのかわりに(15+71)黄連解毒湯合四物湯を用いる。便秘のある人には(51)潤腸湯を用いる。 |
三、非手術治療法
1、薬物治療
早期に化膿しない限り、抗菌作用、抗炎症作用を持つ生薬を選んで治療する。炎症がひどい場合には西洋薬の抗菌剤、抗生物剤、消炎鎮痛剤を併用してもよい。
2、外敷法
膿瘍発展の不同の段階や患者の病状によって処方を選んで治療する。
(1) 早期
早期に清熱解毒、軟堅散結の生薬を用いて、局部の炎症の吸収や消散を促進する。実証に金黄散、黄連膏を用い、虚証に沖和膏を用いる。
(2) 化膿期
化膿期に托裏消毒散を用いて、排膿を促進する。しばしば切開排膿を薦める。
(3) 後期
膿液が排出してから、生肌収斂の生薬を用いて膿瘍腔の癒合を促進する。一般的に生肌散を用いる。しばしば生理的食塩水または亜塩素酸塩水溶液で洗ってから生肌散を使う。
3、燻洗坐浴法
この方法は膿瘍の早期または排膿後によく用いられる。早期に清熱解毒、活血化瘀、消腫止痛の処方を用い、後期には収斂袪湿、袪腐生肌の処方を用いる。常用の処方は復方荊芥洗、袪毒湯、苦参湯などである。
四、手術治療法
1、 急性膿瘍に対して切開排膿を行い、排膿が遅れると、膿瘍をさらに広げる結果となる。切開排膿はしばしば外来で行われるが、膿瘍が大きい場合は入院治療が望ましい。
2、 慢性筋間膿瘍の治療では全膿瘍の切除が原則であるが、これは内括約筋を膿瘍の高さまで切除し、同時に外括約筋の下部も切除し、創を出来る限り平らにして膿の貯留をきたさないようにする。
五、漢方エキス剤の使い方
1、 急性膿瘍に対して切開排膿を行い、排膿が遅れると、膿瘍をさらに広げる結果となる。切開排膿はしばしば外来で行われるが、膿瘍が大きい場合は入院治療が望ましい。
臨床のポイント症状 | 漢方エキス剤 |
★肛門周囲に突然に腫れ、発赤、痛み、腫れる局部を触ると硬くて熱感がある場合。 | (15)黄連解毒湯 |
★以上の症状が見られ、便秘を伴う場合。 | (15+33)黄連解毒湯合大黄牡丹皮湯 |
★肛門の腫痛、熱感、膿瘍腔がなかなか癒合しない、しばしば午後の潮熱、煩悶、口や咽喉部の乾燥感、寝汗等を伴う場合。 | (15+71)黄連解毒湯合四物湯 |
★後期に、膿瘍腔がなかなか癒合しない、しばしば疲労倦怠感、疲れやすい、食欲不振、軟便あるいは下痢などを伴う場合。 | (41)補中益気湯 |
★後期に、膿瘍腔がなかなか癒合しない、しばしば顔色の蒼白、貧血、疲れやすい、食欲不振などを伴う場合。 | (48)十全大補湯 |
★後期に、貧血または貧血気味、疲れやすい、四肢の冷えなどを伴う場合。 | (123)当帰建中湯 |