下痢は糞便内の水分が多くなって、水様あるいは泥状となった状態であり、急性下痢症と慢性下痢症に分けて考えられる。急性下痢症は西洋薬で十分に対応できるが、慢性下痢症には西洋薬だけでなかなか治りにくい人がよく見られる。
重い症例は長期間の下痢により、脾胃の虚損(消化機能の低下)や体力の衰弱などが見られ、あるいは大腸桿菌性腸炎や真菌性腸炎を合併し、治りにくい状態に入る。西洋医学の治療では下痢の症状を抑えることはできても、患者の体力を改善することは難しい。
中医学では患者の体質状態、臨床症状によって、急性下痢症を湿熱型と傷食型の二つタイプに、また慢性下痢症を脾胃虚弱型と脾腎陽虚型の二つタイプに分けて治療する。中医学の治療によって患者には体重の増加・栄養障害の改善・全身状態の改善などが認められた。

一、病因病機

乳幼児では先天不足(早産児、遺伝病など)の原因で脾胃がもともと虚弱状態であるか、後天失調(食事の不摂生)によって脾胃を傷つけ、下痢を起こす。いろいろな病気が原因で脾胃を弱くさせ、脾胃の機能を乱し、下痢も起こる。下痢により、水穀精微(栄養成分)の吸収が障害され、顔色が悪く、倦怠無力、元気がないなどの気血両虚の症状が見られる。脾胃の虚弱は更に腎に影響する。腎陽は脾胃の消化吸収機能に関わっている。例えば、脾胃が鍋のように水穀を炊き、鍋を加熱する火のような働きは腎陽である。消化吸収の機能を脾気と脾陽と言い、その脾陽はうまく働けるかどうか、腎陽の状態に依存する。腎陽が虚弱しているため脾陽を暖めることができず、脾陽が虚弱になり、脾胃の機能が更に低下することによって、下痢が長引く、治りにくい状態に陥る。脾腎陽虚の場合には寒がり、四肢の冷え、食欲不振、下痢、全身の虚弱状態など虚寒の症状が現われる。

二、弁証論治

中医学は急性下痢症を治療する時に、湿熱型に清熱解毒、利湿止瀉法(抗炎症、解熱、下痢止めなど)を用い、傷食型に消食導滞、理脾和胃法(消化を助け、胃腸機能の増強など)を用いる。慢性下痢症を治療する場合には、脾胃虚弱型に補脾益気法(胃腸機能の改善、免疫能の高め、滋補強壮など)を用い、脾腎陽虚型に温腎健脾法(内分泌機能の改善、免疫能の増強、消化を助け、滋補強壮など)を用いる。

(一)湿熱型

症候 発熱、下痢(一日3回以上)、水様便、口渇、いらいら、食欲不振、あるいは悪心、嘔吐など。舌質が赤い、舌苔が黄膩、脈が細数。
治法 清熱解毒、利湿止瀉
方剤 葛根黄芩黄連湯《傷寒論》合五苓散《傷寒論》加減
葛根5g 黄連2g 茯苓5g 木香2g 沢瀉3g 猪苓5g 蘇梗3g 黄芩3g 蒼朮4g 陳皮3g   
加減 湿が熱よりひどい時に霍香正気散合五苓散を加減する。
漢方エキス剤 漢方エキス剤に以上の処方がないため、その代わりに(1+15)葛根湯合黄連解毒湯あるいは(15+17)黄連解毒湯合五苓散を用いる。

(二)傷食型

症候 飲食の不摂生による下痢症、便の中に消化不良の物を混ざっている、腹部膨満、腹痛、食欲不振、悪心、嘔吐など。舌質は正常、舌苔は厚膩、脈は緩。
治法 消食導滞、理脾和胃
方剤 保和丸《丹溪心法》加減
神曲4g 焦山楂4g 茯苓5g 木香3g 麦芽5g 鷄内金3g 半夏3g 丁香2g 穀芽5g 蘿葡子4g
漢方エキス剤 漢方エキス剤に以上の処方がないため、その代わりに(79)平胃散あるいは(115)胃苓湯を用いる。

(三)脾胃虚弱型

症候 下痢(一日2ー3回)、消化不良のような水様便、食欲不振、顔色が悪い、元気がない、疲労倦怠感、子供が眠った時に両眼瞼が閉合しないなど。舌質は淡、舌苔は薄白、脈は虚、あるいは沈細。
治法 補脾益気
方剤 人参湯《傷寒論》加味
党参3g 白朮3g 茯苓5g 山薬3g 干姜3g 伏竜肝60g 甘草2g 黒糖30g  
加減 表証を伴う場合には防風3g、霍香2g、蝉退3gを加える。
寒証を合併する場合には附子2gを加える。
熱証を伴う場合には党参、干姜を除く、黄連2g、黄芩4gを加える。
消化不良の人には神曲5g、山査4g、鷄内金3gを加える。
腹痛を伴う人には陳皮4g、木香2g、厚朴2gを加える。
漢方エキス剤 (32)人参湯を用いる。お腹に冷え、痛みを伴う場合には附子理中湯を投与する。

(四)脾腎陽虚型

症候 水様性下痢(一日4回以上)、ひどい場合に脱肛する、食べるとすぐ下痢するあるいは夜明けに下痢する、痩せ、顔色の青黒、腰や下肢の脱力感、四肢の冷え、寒がりなど。舌質は淡、舌苔は白い、脈は沈細、無力。
治法 温腎健脾
方剤 附子理中湯《和剤局方論》合四神丸《内科摘要》加減
附子2g 党参5g 白朮5g 補骨脂5g 呉茱萸4g 肉豆寇5g 伏竜肝30g 五味子5g 炮姜4g
加減 消化不良の者には神曲5g、麦芽6g、鷄内金4gを加える。
腹痛を伴う者には白芍5g、延胡索5gを加える。
漢方エキス剤 (32+30)人参湯合真武湯を用いる。お腹に冷え、痛みを伴う場合には附子理中湯合真武湯を投与する。

四、臨床治療研究

中医学では慢性下痢症に対する治療は患者の体質の改善、腸の炎症の抑制、止痢、消化機能の回復などの効果が認められた。ところが、漢方薬は飲みにくいので小児患者は容易に受けられない。
李学声氏は小児の生理病理的な特徴および漢方薬の服用困難の実情から考えて、健童散(乾姜4、黄連4、五味子4、肉桂2、呉茱萸2、竜脳1)を臍に貼る治療方法を開発した。健童散で治療した800例の乳幼児下痢症をまとめてみると総有効率は96%であった。コントロールグループに西洋医学の治療方法で治療した200例の乳幼児下痢症患者には総有効率は68%であった。
李晏齢氏らは小児速瀉停エキス剤を用いて、419例の乳幼児下痢症の患者を治療し、総有効率は96%であり、治癒率は90%であった。小児速瀉停エキス剤は主な成分が烏梅、山楂炭、地錦草などであり、急性や慢性下痢、ウイルスや細菌などによる感染性や非感染性下痢の中の湿熱型、脾虚型に対して優れる効果が得られた。臨床および動物実験によって毒性と副作用が見られなかった。小児速瀉停エキス剤の薬理作用はウイルスや細菌の抑制作用、免疫能の調整作用、消化吸収機能回復の促進作用、腸管運動の抑制作用などが認められた。
西洋医学では患者の脱水の程度によって補液を行なうことがある。中西医結合の治療では中医学の治療方法をしながら、西洋医学の補液療法を行なうと臨床の治療効果がもっと高められる。難治性下痢症に対して中西医治療の得意点を取り上げて治療するとその患者の悩みを解消することが期待できると思う。

五、ポイント症候によるエキス剤の使い方

臨  床  症  状 漢方エキス剤
★発熱、下痢、腹痛、肛門部の熱感がある場合。 (15)黄連解毒湯
★悪寒、発熱、下痢、腹痛、肛門部の熱感、悪心、嘔吐などがある場合。 (15+1)黄連解毒湯合葛根湯
★飲食の不摂生による下痢症、便の中に消化不良の物が混ざっている、腹痛、食欲不振、悪心など。 (79)平胃散
(115)胃苓湯
★慢性下痢、軟便、心窩部の痞え感、胸やけ、悪心などがある場合。 (14)半夏瀉心湯
★口渇、尿量減少、むくみなどを伴う下痢。 (114)柴苓湯
★体力低下、痩せ、慢性下痢、顔色が悪い、食欲不振などの場合。 (128)啓脾湯
★四肢や腹部の冷え、下痢、腹痛、食欲不振、冷たいものを食べたり飲んだりすると、症状が悪くなる場合。 (32)人参湯
附子理中湯
★毎日に夜明けると、腹痛、腹鳴、下痢などが起こる場合。 (30+32)真武湯合人参湯、附子理中湯
★疲労倦怠感、食欲不振、下痢、疲れやすいなどが見られる場合。 (43)六君子湯
★疲労倦怠感、下痢が長引く、脱肛あるいは内臓下垂を伴う場合。 (41)補中益気湯
★回復期に顔色が悪く、疲れやすい、手足の冷え等を伴う場合。 (48)十全大補湯
(108)人参養栄湯